ねこじぞう本舗

家族(猫6匹)との日常や、郷里の思い出を忘れずにとどめておきたいなあとか思ってゆるゆる始めてみました。アニメや漫画も好きなので、イラストもアップしつつお気楽にやって行こうと思います。不定期更新。

夏越の祓で健康祈願

ここ数か月…いや、金運に至ってはここ二年強、あまりにも出費が激しい…(-_-;)
二年前、郷里のおばあの状態が悪いという事で急遽島へ帰った。
そのひと月後、父の受勲があって母も連れて東京へ行く事になり、3日間だけだったけど娘なりの親孝行を努めた。
その直後、妙ちゃんが千代治君に喉元を強く噛まれて手術になり、貫九郎→鈴→小太郎→梅→妙→貫九郎→鈴→千代治→小太郎…と、現在に至って代わる代わる手術と大病を含めての病院通いが続いている…。
正直、ママの稼ぎはパートに毛が生えた程度なので、病院費が非常に家計を圧迫している。自分の病気の治療も もう殆ど行っていない。
6月半ばにはついに会社を3日も休んでしまって、そろそろ身体も限界にきている…。
流石にマズイ…とは思うものの、先立つものが限られているので、優先順位は自ずと子供達へ…。
(せめて、少しでもウチの子達が健康になって、私ももう暫く耐えられれば何とかなるんだけどなあ……。)
そう……微々たるものでも一応夏のボーナスが出るので、それが出たら少しは楽になる。それまでは何とか……


という事で、何の宗教に入っているわけでもないけど、いざという時の神頼みで(笑)厄落とし&健康祈願に行ってきました【夏越の祓】。


         越谷市北越谷の香取神社。住んでいる地域の土地神様なのでよくここへ来てます。
【夏越の祓】(なごしのはらえ)を知らない方に少し説明を致しますが……
水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというふなり」(詠み人知らず)
と、拾遺和歌集にもある程、実は古くからある神事です。
始まりは神話時代の伊弉諾尊(イザナギノミコト)にまでまで遡るとか…。
元々は宮中の行事として行われていたもので、門前(多くは朱雀門)で親王や貴族官僚だけでなく、国民全体の罪穢れを払う事で国家の安寧を祈願していました。
夏に行われるものは【夏越の祓】【夏越神事】【六月祓】などと呼ばれ、12月の晦日は【年越の祓】として、この二つを特別な【大祓】としていました。(神社では祓いの儀式は日常的にあるので)
民間でも同じく各所で半年ごとの罪穢れを祓い清め、この先半年もまた健康でいられるよう祈願が執り行われていましたが、応仁の乱(1467年~77年・室町時代)以降、神仏習合で廃れていってしまいました。
しかし明治になり、神仏分離が行われてようやく全国の神社でも復活したわけです。


写真の真ん中にある輪っかが茅の輪(ちのわ)で、両脇に神様の憑代としての笹の木を立てたり、鳥居を利用したりして支えているのがスタンダードな形。(勿論鳥居の柱に憑代を括り付けています)これを潜るから【茅の輪くぐり】と言います。
(ちょっとオカルトの話に脱線すると、メビウスの輪の循環で始めであり終りである・脱皮と再生をする蛇のような意味合いもあるかもしれません。)
出雲大社とか大神(おおみわ)神社などは茅の輪の数や形がちょっと変わっているので、参拝の仕方もやはり少し違っています。厄や穢れを移した形代(かたしろ)を川に流す所もあるので地域によっては古いスタイルが見られます。

茅の輪くぐりの由来は蘇民将来伝説が元とされていますが、これにはいくつかの話がありまして…。
上の写真では小さくて読みにくいと思いますが、【備後国風土記】からの由来だと香取神社は説明していますので、そちらの物語を掻い摘んで話します。


昔、武塔神(むとうのかみ・むとうしん)が旅の道中、日が暮れたので泊まる所を探していました。お金持ちの巨旦将来(こたんしょうらい)に一夜の宿を願い出たのですが断られ、その兄の蘇民将来(そみんしょうらい)の方にも願い出てみました。兄の蘇民将来は貧しいながらも精一杯もてなして、床を貸してあげました。その後再来した武塔神は「私は速須佐雄能神(スサノオノミコト)である」と明かして、一家・一族の目印として茅を結びつけるつけるように…と言い残したそうです。
その後疫病が流行り、巨旦将来の一族は滅んでしまいましたが、蘇民将来の茅の目印を付けた一族は免れたということです。
茅の輪くぐり以外にも【蘇民将来信仰】として独立した信仰が各地に残っており、京都八坂神社や長野県上田市の信濃国分寺・岩手県内の地域など、主に【国津神系】と呼ばれる神社で護符が配られたり祭礼が行われています。


もう一つは武塔神ではなく牛頭天皇(ごずてんのう)が来訪する物語ですが、ほぼ同じストーリーです。(牛頭天皇はスサノオと同一であるとされています。この辺は説明が長いので割愛させて頂きます…)
元々の茅の印のように、今でも厄除けとしての茅の輪のお守りを身に着けていたり、「蘇民将来子孫也」「蘇民将来子孫之門」と書かれたお札を玄関や鴨居に置いたりしている所があるようですが、民間伝承が今も生活に生きているというのはとても面白いですよね。


続いては地域の氏子さん達が代表して玉串(榊)を神様に捧げて拝礼をして、各自治区の御祓い祈願をします。これにて一先ずお浄めの儀式は終了。
氏子さん達はその後直会(なおらい)があり、一般参加者は拝殿を出てからお神酒を盃に一杯頂いて帰ります。



直会をもって【斎戒(さいかい・神事を行う者が心身を慎み清らかでいる事)】を解かれ、通常の生活に戻る事になります。これを【解斎(げさい)】と言い、これで夏越の祓・全てが終了です。
川に形代を流したり茅のお守りを配布する所もあるので、地域ごとに若干の違いがあって一概に同じとは言えませんが、北越谷香取神社ではこのような形式になっております。
それから、茅の輪の「茅」は穢れを除く為の物で、既に人々の穢れを吸収しております…。間違っても茅を引き抜いてお守りにしないようにして下さい…。たまに見かけますので…。
この行事に参加したい、でも用事があって行けない…という方の為に、形代だけ事前に神社に納めるという事もできます。(この場合は初穂料が幾分かかかります)


そういえば、最近では色んな形代がありまして…

(……確か神田明神にはPCのお守りだか何だかあったような気が~~~(-_-;) )


北越谷香取神社のように一枚の人形に家族の氏名を書いて全部合わせてお祓いできる所もありますが、別々に書いてそれぞれに初穂料を申し込む所もありますので、その辺も事前に確かめておくといいでしょうね。


今年夏越の祓に行けなかった方・神社の祭礼に興味をもたれた方は、来年にでも参加してみて下さい(#^.^#)
        

      たまには神聖な気分になるのもいいですよー。


 

    PS.済みません~!誤字がありましたああっ!!直しがきかないのでここで書きま      

    すが、祝詞の紙とお祓いの包みを写した写真の説明で「本殿」と打ってしまい

    ましたが、「拝殿」です~~!大きな間違いです~!

    本殿は神様の御住まいで拝殿は人が拝む場所です。人は御住まいには上がれませ    

    ん~~~(-_-;)

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