ねこじぞう本舗

家族(猫6匹)との日常や、郷里の思い出を忘れずにとどめておきたいなあとか思ってゆるゆる始めてみました。アニメや漫画も好きなので、イラストもアップしつつお気楽にやって行こうと思います。不定期更新。

ビギナーの見る「観音の里の祈りとくらし展」

……PCを開けると メールボックスに、東京藝大大学美術館の内覧会参加通知が入っていた…。
気が付いたのは開催2日前……!(内覧会は7月4日)(-_-;)


発見が遅れた原因は、6月の2週目辺りから「モデムに接続していません」というエラー表示が入って、ネットの画面がフリーズ・あるいは表示できないという事が頻繁に起こったからです…。
始めは、例のウインドウズ10への更新攻撃が原因か?はたまたウイルスか?とか思ったのですが、結局はモデム本体が故障していたようです…。
プロバイダーに連絡して引き取ってもらって、新しいモデムを接続したら不具合が直りました…。もっと早くそうしておけば良かったよ…。自力で直そうとシステムの復元試みたり、ツールで修復図ったり……ワタクシのこの3週間は一体何だったんだ……(-_-;)


   と、余談はここまでにして、
        メールボックスに参加当選通知が入っていたという事で………。


久し振りに訪れた藝大美術館は夕方6時前。
小雨も降っていて少し薄暗くて、ひと気の無さに心持ち不安でした。

            学校を出る藝大生ばかりが通りすぎて、本当に今日だよね…?って…思ったりして…

長浜で土豪(どごう・土地の有力者)の息子として生まれ育った三成も、もしかするとそんな村人の姿を見てきたかもしれないし、その仏像を拝んだ事があるかもしれない……。
そう考えただけで……ああ……っ!


この仏様たちがどれだけの想いに寄り添ってきたのか。
どれだけの歴史を見続けてきたのか。
その痕跡を、たとえ僅かだとしても、間近で感じてみたくもなるでしょう!!
第三の眼(ルーペ)で拡大して読み取る事こそが、歴史ファンの醍醐味でしょうがっ!!
だからこそ参加したい!写真に残したい!みんなに伝えたい………!


…………と……柄にもなく熱い想いで臨んだせいなのか……
         
           伝えたかった写真はみんなピンボケしていた……(-_-;)
                    (単にヘタクソともいう…)


内覧会の参加者は30人。全てブロガーさん達です。
美術専門の方もいらっしゃるので、流石に行動が慣れているというか、皆さんお目当ての仏像にサッと移動して写真を撮りまくっている。
私も負けじと最初に向かったのが医王寺(いおうじ)の十一面観音でしたが、ここでまさかの足止めを食らう事になろうとは思わなかった…。

この均整のとれた美しいフォルム。女性のような、軽くひねった細腰。直垂(ひたたれ)る衣の曲線の優美さを見て下さい……。
よくわかりませんね~~~っ!(笑)
済みません! ホント、ボケボケで!!
いや、沢山撮りました!角度も変えました! でも、何度撮っても手振れでシルエットがボケまくりで、上の写真がその中で一番良く撮れた方なんですっ!
写真の説明文にも記されているように、この観音像は元々医王寺にあったものではありません。おそらく明治の廃仏毀釈により流出した像ではないかと思われ、その由来は定かではありません。


長浜の仏像のいくつかは、戦火を逃れて運ばれて来たものや、隠すために水に沈めたもの、やむなく土に埋めたものなど、今の場所に落ち着くまでに様々な艱難辛苦を味わされてきた経緯があります。
信仰深い村人たちの手厚い保護・保全により、寺が廃寺になった村落でも奇跡的に拝顔する事が出来るわけです。


そして気が付けば10分位粘っていたかと思います。完っ璧に時間配分間違えましたっっ(-_-;)
まだまだ40軀以上あるというのに、1時間という制限の中で6分の1をこの1軀に費やしてしまいました…。
……サクサク行きたいと思います。

胸元の二本を除いた40本のそれぞれで25の世界を救うものとされていて、25×40=1000という解釈になっています。
(因みに、仏教では天国から地獄までには25の世界があると考えられていて、下から、欲界に14有(う)・色界に7有・無色界に4有の「三界二十五有」というのだそうです。無色界が全ての世界の最上階なので「有頂天」と言って、それが俗語に転用されて絶頂の中で上の空になる状態を表す意味になったそうです。)
また、今回の展示には非常に珍しいユニークな観音様もいらっしゃっていて、千手だけじゃない!足も千あるぞ!という「千手千足観音」様が初お目見え。
後姿が若干カニめいていますが(笑)仏像マニア垂涎の的となるのは間違いないでしょうね。(横に金ちゃん走りをさせてみたいと秘かに思った事はナイショの話…)

仏像の造形というのは基本、その姿形を勝手に変える事はなく、経典など教義に添って形作られているそうです。基本形態が殆ど変わらないのは、仏様の尊いお姿を世に写すだけでなく、仏教の意味を正しく伝える為の視覚の教義ではないかと私は思っています。ですから、千手千足観音もその教義を「伝える形」としてこのようになったのだろうと推測しています。
実際、鎌倉時代の「天台系図像集」には千足観音の記録があるそうで、天台密教との関わりがあると見られています。
元々は阿曽津秀道という土豪の内室の守り本尊だったそうですが、希少性を含め、村人たちにとっても自慢の仏様なのでしょうね。
希少性で言うと、こちらは33年に一度しか拝観できないという貴重な仏様がいらっしゃいます。御座す場所は飛び地境内内にあるという事で(東林寺)となっています。

(言い方が若干誤解を招きそうなので付け足しますが、馬頭観音自体は憤怒の面相が普通です。【観音菩薩】の類として、という意味ですので…。ついでに何で憤怒なのかというと、魔障を退ける為。)


上の写真は国土を守る持国天と、財徳と軍神の多聞天。石道寺御本尊の十一面観音立像の脇侍(きょうじ・わきじ)として左右に並び立っているものです。
見た目も強面で大きいのですが、それに反して動きが小さくて大人しい感じに纏まっているので、ワタクシとしては少し物足りない感じです。
しかし、会場内で今まで見た仏様達と違って深く彫られた衣が非常に立体的で、物の質量のリアルが感じられたので、目が覚めた気がしました(笑)。
(多聞天は北方を守る四天王の一尊ですが、独尊神として祀られる時は毘沙門天という名で呼ばれます。)


ざっと紹介しましたけれど、当然全部を紹介しきれるわけもなく…。
だってまだこんなにあるんですよ…。しかも隣の室にも……(-_-;)


これだけの仏様を見られる機会はなかなかありません。
しかも、一つの市町村単位の地域から、国指定重要文化財16点・滋賀県指定有形文化財7点・長浜市指定文化財20点もここに集っているのですから驚異的です。
実際に長浜市にレンタカーでも借りてこれらを観に行ったとしても、一日で回れるのはほんの3~4件程度だそうです。そのうえ、祀られてる御本尊が見られるかどうかも分かりません…。(御開帳されていないものもあります)
そんな貴重な長浜の仏様達を一度に間近で見られるのも、たったひと月という短い会期中だけです…。


それにしても、いくら内覧会だとしても1時間の制限で全部を見るのは酷すぎる…。じっくり時間をかけて見なければ、一軀一軀の背景がイマイチ感じられな………


……ハッ…!


これは「何回も見に来い」という美術館側の策略では……!?
ちくしょうっ! ハマったっ! ハメられたっ!! ジーザス!!(いや、仏像だから)


「時間になりましたので、そろそろ閉館とさせていただきます…」


美術館員のツルの一声と共に、ブロガー達は未練タラタラに部屋を出て行く。
撮り残した仏像達にくらいつき、「せめてこれだけ!あとこれだけ!」と目で訴えつつ、シャッターを下ろし続けた諦めの悪い私を許して下さい……。
マジでピンボケ大量生産機だったんです……(T_T)
「I’ll be back……」
ええ。 もう撮影は出来ないけれど、また見に来ますよ…。
ターミネーター張りにワタクシはしつこいんですよ…
取りこぼした稲穂を拾うがごとく、仏様達を守り続けた人々の背景を考えながらせめてあと2回は。
そう強く思いつつ、美術館を後にしました。


美術館を出ると雨も上がって、遠くにセミの声が控え目に聞こえていました。
ここは上野公園の一角なので、建物が沢山の樹木に囲まれていて自然が豊かです。
人通りの多い観光地も、夕暮れを過ぎれば落ち着いた雰囲気になります。

         道路沿いに国立博物館方面に向かって。信号機の石造りの建物は博物館動物園駅跡。
噴水広場の両サイドには、大きな喫茶店が出来た。こっちはスタバ。

公園を歩きながら今回の内覧会について考えていたのですが、仏像美術…というよりもやはり時代背景を主に見てしまう様な展示会であったかなと、個人的に思いました。
パンチの利いたものもいくつかありましたが、正直、素朴な仏様ばかりでした。
 仏像マニアなら狂喜乱舞でしょうが…生憎と私は仏像ビギナー。どっちかと言えば歴史(主に幕末)オタク。


故に一番気になったのは「惣村」(そうそん)と呼ばれる古い村落共同体の歴史と営みでした。
その中の信仰と共に生きてきたからこその「姿」が像にも表れ、今の地域の「姿」が残されているのだと思います。それらの意味を考えた時、今後の保存の在り方というものについて思わさざるを得ません。
そこで、最後に一つだけ、これは是非見せたい・見てほしいという仏様を紹介したいと思います。

この見るも無残なお姿を、皆さんはどう思われるでしょうか。
この如来様と共に現在10軀の仏様が安念寺には安置されています。
始めにも書きましたが、この地は多くの戦乱に巻き込まれました。
安念寺は信長の比叡山焼き討ちの際に兵火にかけられて焼失してしまいました。
そんな中、村人たちがとった行動とは、門前にあった田んぼを掘り起し、仏像達を埋めて隠すというものでした。
大きな像を遠くに運ぶ事は難しく、沈める川もない。
必死の思いで守ろうとしたのだと思います。
その際に像は大きく破損して、漆箔も剥がれて、傷だらけの状態で掘り起こされました。
それでも  村人たちにとってはなくてはならない大事な仏様だったのです。
姿かたちは変わっても、たとえ朽ちてしまっても、その像が心の拠り所であり、信仰の対象であり、人と人とを繋ぐ楔であったのだと思います。


時代の流れの中、多くの村落で過疎化が進み、廃寺になる寺が増えていきました。
ですが、小さなお堂やお寺は見捨てられる事なく、地元に残る住人達によって大切に守られ保存されてきました。
国が援助してきたわけではないのです。全ては住人達の努力によるものです。
仏様もそこにある景色も自然も、村人たちの信仰と生活がその姿を残してきたのです。
そのボロボロになってしまった像が、人と村を支えてきたのです。
姿かたちだけでない、精神性の大切さを、この如来像は教えてくれます。


ここから先増々高齢化が進み、山村においては特にこれらを管理する事は非常に困難な状況になってくると思います。その存在さえ忘れられてしまうかもしれません。


美術だけではない、その仏様の背景を思って頂けたら、より愛着を持てるかもしれません。



何だか湿っぽくなってしまいましたが、観音の里の祈りとくらし展・Ⅱは 2016年 8月7日(日)まで、東京藝術大学大学美術館で開催しております。


時間は 午前10時 - 午後5時(金曜日は午後8時まで)入館は閉館の30分前まで 
休館日は 月曜日(ただし、7月18日は開館)、7月19日となっております。


機会がありましたら是非お立ち寄りください(^O^)/



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